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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)6256号 決定

原告 (旧商号 株式会社ローソン・ジャパン) 株式会社ダイエーコンビニエンスシステムズ

右代表者代表取締役 松岡康雄

右訴訟代理人弁護士 小川邦保

平成元年(ワ)第五〇三七号事件被告 有限会社ますや 山田商店

右代表者代表取締役 長江厚三

同事件被告 長江厚三

同 長江静子

平成元年(ワ)第六二五六号事件被告 有限会社マルイ いのうえ商店

右代表者代表取締役 井上秀勝

同事件被告 井上秀勝

同 井上美江子

平成元年(ワ)第六二五七号事件被告 有限会社熊野商事

右代表者代表取締役 熊野正明

同事件被告 熊野正明

同 熊野志津子

右被告九名訴訟代理人弁護士 小黒芳朗

主文

本件を札幌地方裁判所に移送する。

理由

一  当事者双方の主張

1  被告らの移送申立の理由は、要するに、原告は本件各フランチャイズ契約(同契約書三五条、以下「本件三五条」という。)において大阪地方(簡易)裁判所に専属的合意管轄が創設されたとして御庁に本件各訴訟を提起しているが、しかしながら、(一)右各フランチャイズ契約は、原告北海道事業本部の社員らが各被告に対し虚偽の説明をする等の違法行為をなし締結させたものであるから、右各契約全体が信義則に反し無効又は詐欺により取消済みであり、さもなくとも右契約中管轄の合意部分(本件三五条)は、契約時に何らの説明もしなかったのであるから、不成立又は例文として無効である。(二)仮に右契約ないし合意部分が有効であるとしても、被告らが本件訴訟中で人証として申請を予定している関係者は、原告会社の担当社員、右契約の際に関与したローソンの他店経営者、被告ら経営の店舗についてローソンとの取引をやめることにした際の相談相手のローソンの他店経営者ら、納入業者、各被告有限会社の担当者らであって、すべて北海道札幌市に在住しているものであるから、このまま御庁において審理をすることになれば、被告らの訴訟上の防御活動が十分できないことになり、原告のそれと比較して極めて不利益で公平を害し妥当でなく、民事訴訟法三一条を適用すべきである。以上の理由によって本件を札幌地方裁判所に移送するのが相当である、というにある。

2  これに対して原告は、(一)右各フランチャイズ契約は、被告らの強い意向により締結されたものであるうえ、締結にあたっては契約条項の読み合わせを行っているから、右管轄の合意の点を含め当事者間において有効に成立している、(二)本件各フランチャイズ契約における管轄の合意は専属的管轄の合意であるから他の裁判所に移送することはできない、(三)仮に民事訴訟法三一条が適用される余地があるとしても、別紙記載の理由により、本件においては移送を認めるのは相当ではない、という。

二  当裁判所の判断

1  管轄の合意の、有効性及び趣旨について

(一)  原告と被告らの間に取り交わされた本件各フランチャイズ契約書三五条には、本契約及び関連諸契約上の紛争については大阪地方裁判所を管轄裁判所とすることに合意する旨の記載があることは、本件記録上明らかである。

(二)  被告らは、右管轄の合意の有効性について、前述の如く、まず、右合意を含むフランチャイズ契約全体が、公序良俗に違反し無効、又は詐欺のため取消済みである旨主張するところ、この点は本件訴訟の訴訟物に関する最大の争点とも共通の立証事項であるが、現時点の本件証拠に基づいて判断する限りでは、右フランチャイズ契約は有効であると認めざるを得ず、被告らの主張は採用しがたい。

次に被告らは、少なくとも右管轄の合意部分(本件三五条)が例文又は信義則違反で無効である旨主張するが、一件記録によれば、本件各契約締結にあたり被告らに対する契約条項の説明の場がもたれ本件管轄に関する記載の意味についても一応説明されたことが窺われるのであるから、本件管轄の合意があらかじめ契約書に不動文字で印刷されていたことから直ちに、右条項が単なる例文にすぎないということはできないし、その他信義則に反するとして管轄の合意の効力を否定し得るような事情を認めるに足りる証拠もない。

したがって原告と各被告ら間には、いずれも本件三五条の管轄の合意が有効に成立しているものと判断される。

(三)  そこで、右管轄の合意の趣旨について検討するに、もとより本件三五条の記載文言自体からは直ちに大阪地方裁判所に専属的合意管轄を定めたものと読み取ることはできない。しかしながら一件記録によれば、本訴請求は、原告が本件各フランチャイズ契約を解約し被告に対し解約金の支払を求めているものであるところ、右解約金支払債務の履行地が大阪府吹田市にもあったと認められるから、大阪地方裁判所にも法定管轄がある(民事訴訟法五条、商法五一六条一項)ことになる。したがって右管轄の合意は法定管轄を有する裁判所の一つを特定したものとみることができるので、特段の事情の認められない本件にあっては、大阪地方裁判所に専属的な管轄を定めたものと解すべきである。

2  民事訴訟法三一条の修正適用について

(一)  ところで、当裁判所は、専属的な管轄の合意がある場合にあっても、訴訟につき著しい遅滞を避ける公益上の必要があるときは、民事訴訟法三一条により、当該訴訟を他の法定管轄裁判所に移送することができると解する。けだし右三一条所定の移送事由中訴訟の著しい遅滞を避けるための移送は、公益的要請に基づいて受訴裁判所に認められた権限であり、当事者の合意によってこれを自由に処分させることは相当でないからである。そこで更に以下において右移送要件の充足の有無について検討する。

(二)  さて、本件訴訟においては、前述のごとく本件各フランチャイズ契約の成立の有無、その有効性が主要な争点になるものと予想されるところ、

(1)  一件記録によれば、原告は、大阪府吹田市に本店を置く会社であるが、日本全国各地に展開する多数の店舗との間で、フランチャイズ契約を結び、これによって、ローソンの名称を付したチェーン店の経営を認め、その経営に関する信用、ノウハウ、技術指導援助、仕入先の推せん等の便益を提供するのと引きかえに、チェーン店から総売上高の三五パーセントのチャージ料等を受け取るものであって、その性質上、両当事者は密接不可分かつ重大な利害関係に立ち入る。

原告と被告ら間の本件フランチャイズ契約も同様のローソン・チェーン店関係を結ぶ契約であり、この契約は双方、とりわけ被告らの営業の根幹を規制するものであるため、この契約締結を巡る前記紛争は、当事者双方の準備書面中の主張に明らかなごとく、鋭く、かつ複雑、多岐、詳細微妙に対立し、その解明には相当量の直接事実、間接事実、背景諸事実等の収集が必要であると予測される。

(2)  しかも、一件記録によれば、契約の成立をめぐる右紛争は、札幌市内に居住する被告らが同市内でローソン・チェーン店を開店するにつき原告会社北海道事業本部の担当社員と交渉した過程の中で生じたものであり、事件の内容もほとんど札幌市内に終始しており、原告の大阪本店の担当者や代理人は紛争発生後関与したにすぎない。

(3)  そのため、本件訴訟では、当事者双方から多数の人証の取調が申請され、かつ、その尋問所要時間も相当長く申告されており、前記争点及びその内容からすれば、事案の解明のために、被告ら三名はもとより、被告ら側の関係者や双方申請の原告会社の担当社員らを相当数取り調べる必要があり、しかも人証によっては複数回の期日にわたり尋問を要することも予想される。ところでこれらの人証は、前記紛争の性質上当然のことではあるが、一、二名を除いて他はすべて札幌市内に居住しており、従ってこれらを大阪地方裁判所において取り調べるとすれば、これらの人証は、わざわざ遠路大阪まで順次赴かなければならず、そのために時間、経費、仕事上のロス・不便等の負担は少なからず生じ、そのうえ冬期の交通事情等も加わって、これらの人証の出頭を効率良く確保することも、かなりの訴訟期間を要することが予想される本件にあっては、容易なことではなく、期日の空転により当受訴裁判所の被る被害もまた想像するに難くない。

これに対し、原告は、証人の多くが原告会社社員であることから、大阪地方裁判所への出頭の確保を誓約し、またそれに要する費用の放棄をも表明しているものである。しかしながら、一件記録によれば右証人らにもそれぞれ管理職や営業等の多忙な業務があり、突発、緊急な仕事等が生じて、相当長期間空白のできる大阪へ赴いての人証調べに対し応じられないような事態が起こることも十分予測されるところであり、更に前記のごとく冬期の天候等の諸事情もあって、相当長期にわたる本件訴訟のうちには、証人としての出頭確保が困難になる事態が十分予想されるのである。

もっとも、それに加えて人証の一部又は相当部分を出張尋問や嘱託尋問によって取り調べることも理論上は可能ではあるが、前者は人証数と尋問所要時間等からみて実際上不可能であり、また後者においても、心証の形成に支障を来すおそれが存し、かかる尋問方法は、本件の場合共に適切ではない。

(三)  以上の諸事情を総合考慮すれば、本件訴訟を大阪地方裁判所で審理することには、著しい訴訟の遅延を生ずることが予想されるところであり、不相当というほかはない。そこでこれを避けるため民事訴訟法三一条の規定により、本件訴訟を被告らの普通裁判藉所在地(住所地)の裁判所である札幌地方裁判所に移送するのが相当である。

三  よって、被告らの本件申立は理由があるから認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 笠井達也 裁判官 金光健二 裁判官 中垣内健治)

別紙〈省略〉

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